どうせ散るなら
「なあ」 「……なに」 クロードが自分からアンリに話しかけるだなんて、珍しいこともあるものだ。 あまりに珍しいことだったから、アンリは戸惑って返事をするのが僅かばかり遅れてしまった。不意を突かれたようで面白くない。 アンリがこっそり舌打ちを堪えている後ろで、クロードは坦々とした調子で言葉を続けた。 二人は背中合わせに立っていた。お互い物凄く不本意だったが。 「お前、この状況をどう思う?」 「一言で言い表すとしたら絶体絶命ってやつだろうね」 そう言う割には、二人揃ってぺらぺらと喋りすぎな感も否めない。話し方から雰囲気から、とにかく危機感が軽量級だった。 だがしかし、なんにせよ今の状況は確かに『絶体絶命』なのだ。誰が見てもそう思うだろうし、二人の様子からは見て取れないが彼ら自身、絶体絶命だという自覚はあった。 四方を殺気立つ男達に囲まれたこの状況は。 「マリィ達、ちゃんと逃げられたかな」 「あいつらならどうとでもなんだろ。なにせ猫とその頭に乗れちまうくらい小せえ生き物だからな」 「まあ確かに、そうだね」 しかも猫――ブランに至っては、闇に紛れる艶やかな黒毛に全身を覆われている。おまけに彼は酷く賢い。彼なら、マリィを連れていたとしても人に見つかるような愚行は決して冒さないだろう。 それよりも問題なのは自分達の状況だと、アンリは頭の中を即座に切り替えた。 四方どころか八方を敵に囲まれ、しかもその誰もが武器を携帯している。こちらも武器を持ってはいるが、あまりもの人数差になんの気休めにもなっていない。 これまた非常に不本意ではあるが、ひとりきりでないことがせめてもの救いか。不本意すぎて泣けてきそうだ。さらに不本意を通り越して腹までたってくる。実に始末に負えない。 ああ本当に、なんだか無性に腹が立ってきた。 「とりあえず、殺られるなら殺られるで、タダで殺られんのは性にあわねぇな」 相手がクロードだというのに、手を叩いて同意したくなった。 「それについては同感。少なくとも十人くらいは道連れになってもらわないと気がすまないね」 背中合わせに二人はにやりと笑みを浮かべた。漂う空気は鬼か般若のそれ。揃って武器を構えているだけにまるで冗談には聞こえない。 薄暗い部屋で、二人の構えた剣と双剣が妖しく煌めく。切れ味はとても鋭そう。 ぎらぎらと、二人の周りを殺気が色濃く取り巻いていた。無論発生地は周りでなくその中心だ。 暫しの間、互いに切迫した空気の中無言で睨み合う。 「「やっぱりやめた」」 突然二人同時に上げたその声に、周囲の人間が皆呆気にとられた。二人の周囲を取り巻いていた殺気が嘘のように消え、しかし武器は未だ掲げられたまま。 「今日は妙に気が合うみたいだね」 「まあ、たまにはいいだろ。たまにはな」 「そうだね。たまにならね」 くくく、と二人揃って笑い始めた。周りの男達は不気味なものでも見るように、顔を顰めて一歩後ずさる。 どうせ死ぬなら、なんて、所詮彼らには性に合わなかったのだ。 「やるか」 「やりますか」 直後、弾丸のように勢いよく足を踏み出した。 既に二人は、ここを切り抜けた後どうやってそれぞれの相方と合流するかしか頭になかった。 |