027.旅の仲間


 辺り一面の草原のど真ん中で、一本の道が三本に分かれていた。右と、左と、真っ直ぐと。
「右だな」
「左でしょ」
 声はほぼ同時だった。
 右と言ったのは向かって左側の青年。紺青の髪に左右違う色の瞳を持った、割と年齢不詳気味の青年だった。琥珀と翡翠の瞳がギロリと彼の左側へと向けられる。
 左と言ったのは向かって右側の青年。金色の髪に、こちらも左右違う色の瞳を持った、やはり年齢不詳の青年。紅玉と青玉の瞳がついっと彼の右側へ向けられる。
「「…………」」
 ばちばちと二人の視線の間で火花が散る。
「……てめぇとはホント合わねぇな」
「奇遇だね僕もそう思ってたところだよ。君と意見が合ったところでちっとも全くこれっぽっちも嬉しくないけど」
「はっ、そりゃこっちのセリフだぜ。誰がてめぇなんざと」
 そこで、一度会話が途切れた。二人はいま暫く無言で睨み合う。
 その姿を遠巻きに眺めていたのは一匹と一人。黒猫と、その上にちょんと鎮座した翅のない妖精の少女だった。
 普段は金髪の青年の肩に乗っているはずの彼女はしかし、二人の言い争いに巻き込まれるのが嫌だったのか、第二の特等席と化した猫の背に乗っていた。
 賢明な判断だった。
「ねぇブラン、あの二人って、何であんなに仲悪いのかしらね?」
 少女は肘を黒猫の頭の上につくと、細く白い指に顎を乗せて呆れたように溜息をつく。
 黒猫は『なー』と鳴いただけだったが、やはりこちらも呆れたような泣き声だ。
 目の前で年齢不詳の青年二人は、未だに視線の間で火花を散らし続けていた。
「どっからどう見ても右の道の方が広いだろうが。てめぇの目は節穴か?」
「左の道の方が道が固いよ。そんな判断もつかないでよく一人旅なんてできたね?」
 互いの言い分はもっともなものではある。では何故二言目には憎まれ口が出るかといえば、単に相手の意見を認めたくないだけ。
 はっきり言ってお互いにかなり子供だ。それは酷く低レベルな戦いであった。
「んだとてめぇ、やる気か!?」
「そっちがその気なら受けて立つけど」
 言うが早いか大振りの剣を抜いた紺青の髪の青年に、対するように金髪の青年が鎖で繋がれた二振りの細身の剣を構える。
 少し離れた所で、もう一つ溜息。
「……あほらし。ブラン、行きましょ。どの道がいい?」
 黒猫は再び少女の問いかけに『なー』と返すと、そのまま二人の間を素通りして真ん中の道を進んで行った。
「っおい、ブラン! 待て!」
「ちょっとマリィ! 待ってよ!」
 慌てて追いかけてくる青年二人に、少女の口からは本日三度目の溜息がこぼれた。
 黒猫も本日二度目の、呆れたような『なー』という鳴き声をこぼす。
 後ろを追いかけてくる青年二人は、先程の剣幕は何処へやら、仲良く二人並んで走って追いかけてきた。
 少女は何故二人はあんなに仲が悪いのか、と考えたが、途中で考えるのをやめた。
 それを考えようとするともっと根本的な事実から考え直す必要があったからだ。
「そもそも何でこの顔ぶれで旅なんかしてんのかしら……」
 少女の呟きには黒猫の『なー』という返事が返ってきた。それは決して言葉ではなかったけれど。
「ま、楽しくないわけじゃないから別にいいんだけどね」
 ふと笑って、猫の黒い艶やかな毛並みに顔を埋めた少女に、本日五度目の『なー』という返事が返ってきた。