行動を共にするようになってからは、驚きの連続だった。
 突然あだ名をつけてやると言われて、驚いた。今までそんなことを言ってきた人間なんて、一人としていなかったのだ。あだ名どころか、マラディク、という与えられた名前それ自体を呼ばれたことだって、数えようと思えばできてしまうのではないかというほど少ない。
 だからそれを与えられた時、自分の胸に満ちた感情が『嬉しい』という気持ちだったことに気がつくまで、少し時間がかかった。そう思うこと自体久しぶりだったせいで、そう考えた自分に違和感を覚えた。
 最初から薄々感づいてはいたのだが、彼女――ライティスはかなり強引な性格だった。
 呼び名をつけた時もそうだった。彼女は自分に拒否されることなんて考えてもいない様子で。感じたのが先に述べたような感情だったから、拒絶する理由とてなかったのだけれども。
 だものだから、その後もかなり強引に、それこそとんとん拍子に進んで行った。
「オレと一緒に来いよ」
 有無を言わせぬ口調でそう言った時、女の顔はこの上なく愉快そうだった。きっと拒絶なんて想定されていない。なんて、やっぱり拒否しなかった自分に言えた話ではないのだけれど。
 他人からすれば不可解極まりない――内心では自分でもそう思う――速さで、すべては動き出した。
 まず手始めに、一緒に仕事を受けることになった。その仕事を持ってきたのはもちろん彼女だ。自分は目まぐるしく変わる状況を把握するのに忙しかったから。
 彼女が持ってきた仕事は、最近街道付近にたむろしている盗賊の掃討だった。人数が多いらしく、この手の仕事にしては報奨金の額が大きい。にもかかわらず、どうやらたった二人で任務を請け負うつもりのようだ。
 ――そう言えば自分は、どの程度戦えるか彼女に伝えただろうか?
 記憶になかったので若干うろたえる。盗賊がよく姿を現すという地点に歩く最中、そんなことを考えて彼女をじっと見ていたら、どうやら視線に気づいたらしい。何だよ、と聞かれたがこんな場所では書くものがない。答えようがなくて困惑していると、彼女は『ああ』と何かを納得したように呟いた。
「問題ねえだろ? 別に。お前十分戦えそうだし、いざとなったらオレ一人でも余裕だし」
 何の気なしに口にされた言葉に驚いた。ちらりとこちらを見て驚いた顔をしているのに気づいたのか、『どのくらい戦えるかなんて身体見りゃ大体わかんだろ』と言ったけれど、驚いたのはそこじゃない。もしかして、元々一人でも行くつもりだったんじゃないだろうか。

 彼女の言っていたことが紛れもない事実だったことを知ってやっぱり驚く。
 彼女が言うには、体の鍛え具合を見ればどのくらい戦えるかわかるそうだが、そういう次元を通り過ぎていると思う。自身、そこそこ戦える方だとは思っていた。元々人と組んで戦うことなんで想定していないから、彼女の言う通り一人である程度戦えるほどには体を鍛えてはいた。だが彼女はそれを遥かに超えていた。
 はっきり言って無茶苦茶な戦い方だ。動きに型なんてあったものじゃなく、しかしそれゆえに、その時の状況に合わせて最も効率的な動きがなされていた。もしかしたら、世の中にある様々な武術の流派を混ぜたらああいう型になるのかもしれない。完全に実践型の戦い方。……いや、武術の型に急所蹴りはないな。凶器になるものを手当たり次第投げるのもどうだろう。
「ああ、もう……めんどくせ」
 彼女がぽつりと呟いた。顔にはひどく辟易した表情が浮かんでいる。ただし疲労には微塵も見えない。言葉通り『面倒くさい』というのが頭を占めているのだろう。彼女の言葉に耳だけを傾ける。いくらなんでも、戦いながらそちらに顔を向けてうなずいていられるわけでもなく、また声が出せない自分には返事をすることもできなかった。
「おい、ディーク。お前ちょっと後ろさがれ。とりあえずこいつらから少し離れろ」
 その台詞が意図するところが読み取れず、思わず彼女の方へ顔を向ける。当の本人は相変わらず面倒くさそうな表情で、数ばかりは無駄に多い盗賊衆をばったばったとなぎ倒している最中だ。しかしいくら彼女が強いとはいえ、彼女一人に闘わせるというのは男として、それ以前に人としていかなものか。
「おいこら! 聞いてんのか!?」
 しばらく考え込んでいると、彼女の叱責が飛んできた。叱責というか罵声。思わず彼女の言うとおり後ろに下がる。まさか本当に下がるとは思わなかったのか、追うのに遅れた盗賊達は一人囲まれる彼女にさらに群がっていった。途端、彼女の顔ににやり、と笑みが浮かぶ。『共に来ないか』と言ってきた時と同じ類の、至極愉快そうな笑みが。
「おっしゃ! 一発、派手にいくぜ!」
 猛々しい声が上がる。
 それと同時に感じたのは肌を刺すような熱気。
 視界に広がったのは紅蓮の世界。
 炎が辺りを舐め尽くす勢いで燃え盛る。
 目が痛くなるほどの、世界を彩る鮮やかな色彩。
 彼女が好きだといった赤い色。
 ひどく長い時間のように思われたが、実際にはほんの一瞬の出来事だった。ほんの一瞬ののちに炎はおさまり、あとには黒くすすけた地面と焼け焦げた盗賊達、そして唯一焼けていない炎の中心地で悠々と立つ彼女の姿。彼女の周り一歩分からちょうど自分の一歩手前まで、炎は円形に広がりその場を焼き尽くした。
「さあて、一丁上がり。ま、加減してやったんだからありがたく思えよ」
 はたして彼女の言った通り、黒焦げの盗賊達は体のあちこちに火傷を負いつつも、その実命に別条があるほどの者は一人としていない。
 だがその時の自分には、そんなことを気にしている余裕など到底ありはしなかった。
 今の一瞬で何が起こったのか、まるで理解できていなかったのだ。
 ただ。
「すげえだろ?」
 オレ、魔法使いなんだぜ。
 そう言って無邪気に笑った彼女の顔だけが、記憶の中に、先刻の炎よりもずっと色鮮やかに焼きついた。