移ろい征く空の色 いつぞやにも聞いたような、靴の踵が硬い床を叩く音が響く。今度はそれに、ぱしゃ、と時折水溜りを弾いたような音が混じっていた。 そして何より違うのは、今回ばかりはその足音が一つではないことだろう。 入り乱れるような足音が三人分、憚る様子もなく辺りの岩壁に反響し響き渡っていた。 「なぁーんか、暗くてじめじめしてて、やなとこ」 「そんなこと言ったって、洞窟とか横穴とかって大抵暗くてじめじめしててやな所じゃないか」 二人の若干後ろを歩きながら、フィルは一人ごちた。 意外や意外、一番先頭を歩いているのはフレイだ。彼は耳が利くらしい。 フレイから半歩ほど後ろにレンが続き、更にその半歩後ろをフィルがついて行くように歩いていく。 辺境の街での出逢いから丸二日かけてルザリアの街に辿り着いた三人は、その足でそのまま魔物の住処である炭鉱へと足を踏み入れていた。 一日くらい宿で休みたくも思ったが、レンとフレイの残り僅かな路銀がそれを許さなかったのだ。 とは言え、三人とも旅暮らしには慣れたもの。二日間、夜の間は野宿したわけだが、それに不満があったわけでもない。 寧ろ不満があるとすれば、今のこの現在地にこそある。 足場はごつごつしている上に、水捌けが悪い所為か湿っぽい。気をつけていないと今にも転びそうだ。 辺りの空気にも湿気が充満しているため、肌に纏わり付くようで不快なことこの上ない。 「でもさ、何で今更こんな廃鉱の魔物退治なんて依頼するんだろ? 魔物が危ないって言うなら入り口を封鎖するか、いっそのこと爆弾か何かで崩しちゃえばいいのにさ」 「……街道だ」 「え?」 ぽつりと呟かれた言葉にフレイが立ち止まって振り返ると、レンとフィルもまた続いて立ち止まった。 「ルザリアは元々鉱山で栄えた街だが、鉱脈が途絶えた今、こんな辺境の町に来る旅人は少ない。だから坑道を整備して街道として利用したいんだろう」 「なるほどね。 確かに、グラスカの港からリーディアまでは山越えするか山を迂回していくかしかないわけだけど、この山を突っ切って街道が出来るって言うんならルザリアを訪れる人も増えるってわけね」 得心がいったとでもいうようにフィルが言葉を繋げると、納得したのか、フレイも歩みを再会した。 いい加減歩き通しで参っていたのだろう。足場が悪いだけならまだしも坑道の中は暗い。 昔は火が灯されていたはずの松明は、坑道に人が入らなくなった頃に消されたままで残っていた。 一つずつ目に付いたものに片端から火を灯していくのだが、湿気で火が点きにくくなっているため面倒なことこの上ない。 鉱物目当てで掘り進めた洞窟の中は酷く道が入り組んでいるため、迷ってしまわないかということも気がかりの一つだった。 「まぁとりあえず、こうやって音を立てながら歩いてればそのうち向こうから出てくるとは思うんだけど……」 「そのうちってどのうちよー。全くもう……」 フレイの言ったことは決して根拠のないことではない。 これだけ足音を隠しもせずに歩いているのだ。縄張りに進入してきた招かれざる客に、この魔窟の主たる魔物が気付かないはずがない。 複雑な道に迷うことがないよう道なりに歩く彼らの足音が、会話の間にも細い坑道を甲高く反響し続けた。 「それにしても、いくらなんでも情報も少なすぎるわよね。 『魔物マウナ・ラウナ、生息地ルザリア近郊の炭鉱、種族不明』だもの。せめて種族くらいわかってれば対策の仕様もあるってのに」 「だからそのぶん報奨金が高いんだろう」 「ま、確かにそれも一理あるけどね」 フィルが肩を竦め、そこで一度会話が止まった。 そして、反響する足音が一つ減る。 止まった音源がまたも先頭を歩くフレイのものだったので、先程と同じように程なくして後に続く二人の足音も途絶えた。 「聞こえたか?」 声を潜めて囁かれた言葉に、フレイはただ小さく頷いた。手元は既に腰に付けたダガーの柄を握っている。 フィルの顔が一瞬強張り、すぐさま腰元の短剣に手を伸ばした。レンもまた無言のまま、古びた鞘から剣を引き抜く。 その酷く自然な動作と、磨き込まれた刀身の放つ青白い燐光に小さな既視感を感じたが、フィルはその考えをすぐに頭の隅に追いやった。 今はそんなことに気を取られている場合ではない。 自分達の足音が消えて漸く気付いたが、敵はもう、すぐそこまで迫ってきている。 ひたひたと地面を裸足のまま歩く足音や、かちかちとまるで火打石を打つような音。それに、ずるっ、ずるっという、足音というよりは引き摺るような音まで混ざっている。 敵はどうやら一匹ではないらしい。全く予想していなかったわけではないが、あまり芳しくない事態に思わず誰かが舌打ちをした。 「……来るぞ……!」 暗がりの先、ちょうど次の角から、それらはゆっくりと姿を現した。 「……っ……!」 三人は無意識の内に、喉の奥で声にならない悲鳴を発した。 声を上げなかったのは僅かに残った理性のおかげだろう。こんな場所で不用意に悲鳴など上げれば、それこそ辺りの壁という壁に声が反響して大惨事を引き起こすことは間違いない。 曲がり角から次々と顔を現したのは、半ば腐敗した肉を量は様々ではあるが白く垣間見える骨に貼り付けた、人の姿をしたものだった。 否、元は人だったのだろう。比較的腐敗の少ないものはまだ服の切れ端のようなものを身につけているものもいる。 「動死体(ゾンビ)か……なるほど、帰って来なかった旅人の成れの果て、というわけか」 「……何にせよ、悪趣味なことこの上ないわね」 「同感。 あれ、どうやったら止まるかな?」 「さあ、ね!」 ぱちん、と言う音と同時に短剣を固定する留め金が外れ、フィルの手の中にその柄が収まった。 「とりあえず試しに頭落としてみたらいいんじゃないの!」 「うわっ、エグっ!」 「……趣味が悪いな」 「喧しい! 文句があるなら代案を提示なさい代案を!」 「…………」 よい代案が思い浮かばなかったのだろう、レンは無言で剣を構えたまま地を蹴った。 ――早い! フィルは心の中で小さく感嘆の声を溢した。まるで銀の閃光だ。 一足飛びに先頭に立つ動死体の前に降り立つと、鋭く剣を一閃、一太刀の元に首を薙ぐ。 ごとり、と鈍い嫌な音がして動死体の首が地面に落ちた。 ――が。直後、彼は背後に飛び退った。そのまま、隙なく剣を構えて一言。 「……止まらないな」 動死体は薙がれた勢いで一瞬バランスを崩したものの、また二本の足でしっかりと地面に立った。 横目で、じとっとした視線がフィルに向けられる。だがそこはフィルも言い返した。 「私はこうすればいいんじゃないかって案は出したけど、それが有効だなんて一言も言ってないわよ!」 曰く至言だ。流石に言い返す言葉はないのかレンは再び黙り込む。 「それにしても……厄介極まりないわね」 呟きと同時に、ふらふらと坑道の奥から集まってくる動死体が、一気に彼らの元へと雪崩れ込んだ。 三人が各々それを迎え撃つ。フィルは手に持っていた短剣を元の場所に戻した。 首を落としても動くのだ。短剣など、持っていたところで邪魔以外の何者でもない。 前から飛び掛ってきた動死体の鳩尾に蹴りを入れ、壁まで吹き飛ばしたと同時に軸足で地面を強く蹴り、一瞬フィルの身体が宙に浮く。飛び上がった勢いを利用して、横手から襲い掛かってきた動死体の頭に強烈な後ろ回し蹴りを決めると、フィルは着地し、今度はそのまま深く屈み込んだ。別方向から飛び掛る動死体に足払いをかけると、ちょうどそれは進行方向側にいた動死体とぶつかってそのまま倒れこむ。 続いてやってくる敵を視界の隅に捉えると、今度は両手をついたまま地面を蹴り上げる。倒立の形から腕を撓めてそのまま強く身体を押し上げ、前転の要領で宙に浮かべた。暗い坑道の中、そのままでは低い天井にぶつかる所を、寸前で膝を抱えくるりと回転し、一体の動死体の上に見事着地。 流れるような一連の動作。しかし息をつく暇もなくまた別の動死体が襲い来る。 ちらと攻撃の合間に視線を向ければ、他二人も同じように苦戦しているようだった。 フレイは身軽な動きで敵の体勢を崩しては、上手く敵同士をぶつかり合わせたり、時折自身の持つダガーを使ってバランスを崩させたりしている。 レンの方は相も変らぬ素早い動きで動死体の間を掻い潜りつつ、的確な剣捌きで動き回る動死体達の足や胴を切り落としていた。 だがいくら吹っ飛ばそうと動死体は再び彼らの元へ向かってくるし、骨を折ってもその動きは変わらない。 その上、足や胴を切り落とされた動死体達は、今度は上半身だけで這いずって来て、その腕をフィル達の足に絡ませようと追い縋って来るのだ。それでなくとも、飛び散った動死体の血液とも体液ともつかぬ液体に足を取られそうだというのに。 「ああもう! しつこい! 気色悪い! 鬱陶しい!!」 足に取り付こうとした動死体を蹴り飛ばしてフィルが叫ぶように吐き捨てる。更に伸ばされた手は鉄骨仕込の踵で踏み抜いてやった。足に伝わる、骨を折る感触は決して心地のいいものではない。 「ってかさ、これって普通に考えると結構ヤバい状況じゃね!?」 フレイの悲鳴交じりの声。彼はちょうど向かってきた動死体の顔面に蹴りを入れたところだった。 「安心しろ。普通に考えなくてもかなり悪い状況だ」 「何を安心しろってのよ! あんた脳細胞死んでんじゃないの!?」 レンの無闇に冷静な声に反発するように返される罵声。この状況で冷静さを保てる彼の神経が、フィルには奇妙に思えて仕方がない。 ふと違和感を感じて目を下ろす。這いずって来た動死体の背中に、奇妙なものを見つけた。 「……虫?」 体長20センチほどだろうか。足の長い百足のような虫が、動死体の背中のちょうど中程に貼り付いている。 「動死体だけでも十分気色悪いってのに虫まで湧いてんの!? ホント最っ悪!」 腰元につけたポーチからナイフを一本取り出し、フィルは未だ動きを止めない動死体の背中に向けて、それを投擲した。ナイフは見事、虫の体を真っ二つに断ち切った。暫く長く多い足をぴくぴくと痙攣させていたが、やがてそれも止まる。 それと同時に、虫が引っ付いていた動死体の動きまでもが止まる。 「あれ……?」 フィルは虫を真っ二つにしたナイフを動死体の死体――既に死んでいるのだからこの表現は適切ではないかもしれないが――から引き抜き、目に付いた動死体の背中にも同じ虫がついているのを見つけて、再びそれを狙って投げる。 身体を切断された虫が絶命すると、まるで糸の切れた人形のように動死体もまたくたりとその場に倒れた。 「弱点見つけたっ!」 に、とフィルの顔に笑みが浮かぶ。 「レン! フレイ! 動死体の背中についてる虫よ! それが動死体を操ってるわ!」 叫びながら更にナイフを取り出し動死体に投げる。次々とナイフが虫を刺し貫き、その度に視界を塞ぐ動死体の数が減っていく。 二人もフィルの声を聞きつけたのか、瞬く間の間に当たりに蔓延っていた動死体はその姿を消していった。 「マウナ・ラウナってこれだったのかな? 何か思ったよりも呆気なかったけど」 「確かに、随分大勢の旅人がやられたみたいだけど、数ばっかりで大して強いわけじゃなし……逃げられないことはなかったはずなのに」 「……いや……」 既に動死体の数は両の手で数え切れるほどに減っていた。 レンが剣を振る動きを一瞬止め、坑道の奥に鋭い視線を向ける。 「どうやら、元締めがやって来たようだ」 全長2メートルはあるだろうか。それは動死体についていた虫を、そのまま大きくしたかのような出で立ちをしていた。 幾つも生えた長い足でかつかつと音を立てながら、マウナ・ラウナは毒々しい赤紫色をした姿を現した。 「なるほど、ね。つまり文字通り親玉ってわけか。 動死体達はさしずめこれの子供の食餌ってところね」 「子供を殺されて腹立てた親が出てきたわけだ、ねっ、と!」 フレイが一本ナイフを投擲した。流石にあの大きさではナイフ一本では致命傷にはならないだろうが、それでも十分ダメージは与えられるだろう。 そう考えて投げられたナイフは狙いを違わずマウナ・ラウナへと飛び――そのまま突き刺さるかと思われた刃はしかし、外皮に弾かれ甲高い音を立てて地面を転がった。 「なっ……!」 「随分とまた、丈夫な殻をお持ちのようね…… ここはあんたの出番よ! レン!」 びしり、とマウナ・ラウナを指差して言う。対して、レンは深々と溜息を吐いた。 「他力本願だな」 「はいそこお黙り! あんたこんなか弱い女の子にナイフの刃も立たないようなヤツに挑めって言うの!?」 「一人で動死体を薙ぎ倒す女をか弱い女の子とは普通言わない……」 「うっさい!!」 レンに向かって白い物体が飛ぶ――が、流石に真っ直ぐに飛んでくるものを避けられないほど鈍くはなかった。首を軽く捻ってレンは飛んできたハリセンから身を躱す。 「……ハリセンは投げるものじゃない」 「一言多いっつってんのよ。 とにかくさっさと行く!」 レンの薄い唇から再び溜息が漏れた。今度は、それには多分に諦念の響きが含まれていただろう。 ざり、と靴底が細かい砂利と共に不協和音を奏でる。そして彼は一筋の矢のように飛び出した。銀色の髪が跳ね、僅かな光を返して煌めく。 動死体と戦っている最中ではゆっくりと眺めることなど出来なかったが、彼の動きは至って常人離れしたものと言える。 その手に持つ剣は通常の大剣と比べても規格外に大きなものだ。それなのに、彼の動きは微塵もそんなことを感じさせない。 まるで手の延長であるかのようにその卓越した身体能力で自在に剣を操るその姿。 先程から何度も感じてやまないこの既視感は一体何なのだろうか…… 「……!」 レンは何かに気付いたかのように、大きく横に飛び退いた。そのまま転がるようにしてマウナ・ラウナから距離を取る。 次瞬、マウナ・ラウナの口から液体が飛び散り、じゅ、と何かが焼けるような音と臭い。胃液にも似た饐えた臭いが鼻先を掠め、白い気体にマウナ・ラウナの姿が霞む。 「酸……?」 「うわ……マジでこれ洒落にならないって」 フィルの呆然とした呟きにフレイが思わず溢した。強酸の液体。岩の地面をも溶かして見せたその威力は、触れた時の事を想像するのさえ躊躇われる。 「なるほど。下手に後ろを向いて逃げようものなら酸の雨を浴びるわけか」 レンの静かな声音は冷水のようだ、とフィルは思う。一瞬驚きで呆然とした意識がすぐに戻ってくる。 同時にレンがマウナ・ラウナに切りつける。だが思ったよりも早い。予想外の動きに剣線は逸れ、刃は足の一本を掠めるに止まる。 「!?」 慌てたように背後に飛び退ると、レンは小さく舌打ちをした。切り捨てた際に体液を浴びた右手のグローブを無造作に破り捨てる。 傍に捨てられたグローブは黒く焼け焦げた穴が見ている間にも侵食し、既にその原形を止めていない。 「体液も酸か……!」 忌々しげに吐き捨てると、再び後ろに跳び退り距離を取った。一瞬前まで立っていた場所に、再び酸の液体が吹きかけられる。 状況は一気に不利に転じた。下手に近づこうものなら強酸を浴びせられ、たとえ切りつけることが出来たとしてもカウンターで酸を浴びせられる。 逃げようにも相手は思ったよりも素早い。八方塞だ。 魔物が焦れたように少しずつ間合いを詰めてくる。 「……ったく、しょうがないわね…… やったろうじゃない五十万!」 ぽつりと呟きを洩らしたのはフィルだった。何と言っても五十万。それだけで士気も沸こうというもの。 レンとフレイが一瞬目を向け、何か声をかける前に、再びフィルが口を開く。 「あんた達、きっちり私を守りなさいよ!」 口元に不敵な笑みを浮かべながら言い放ったフィルの手元に光が生まれる。 淡く輝く黄金色の光。 緩く渦巻く風が彼女の前髪を煽る。 耳を澄ますと微かに聞こえてくる声は高く低く、それはあたかも歌声のごとく。 決して大きな声ではないのに辺りの壁に反響する不思議な音律は言葉を伴っているのに、何と言っているのかは判別できなかった。 レンとフレイは一瞬目を瞠り、しかし即座にマウナ・ラウナへと視線を戻す。 光を嫌う魔物は警戒音を立てながらフィルの方を窺っている。 レンは再びマウナ・ラウナに切りかかった。一定の距離に近づくと飛ばされてくる酸を、予測していたかのように避け、その行動を繰り返す。 一見無駄なようにも見えるが、ただほんのひと時、マウナ・ラウナの注意をフィルから逸らせればそれでよかったのだ。 やがて不明瞭な声が止み、鈴の音にも似た高く澄んだ声がはっきりと言葉を紡ぐ。 空気が、動いた。 風のない坑道内の湿気を含む淀んだ空気が何処からか吹きつけた風に押し流され、ほんの一瞬外の澄んだ空気と入れ替わる。 「ちゃんと避けなさいよ! レン!」 声と同時にフィルは腕を斜め下から大きく振る。咄嗟に飛び退いたレンの横を何かが過ぎった。 何か、とは言ったもののレンの目には何も映らない。ただ一瞬、空気が霞んだように見えただけだ。 だがしかし、不可視の刃は確かにマウナ・ラウナの身体を抉った。 レンが飛び退いた方とは反対側をその刃は通り過ぎ、若干中心から逸れながらもマウナ・ラウナの身体の左半分を見事に消し飛ばしていた。 「やった……!?」 フレイの声に喜色が混じる。だが…… 「!?」 突如、最早動けるはずもないマウナ・ラウナが、物凄いスピードでフィルに向かって地を駆けずった。 僅かな油断と予想外の事態による焦りから生まれたタイムラグにより、一瞬フィルの動きが止まる。 ――避けきれない……! フィルは咄嗟に、頭を庇うように両手を前に掲げた。マウナ・ラウナは迷うことなくその腕に喰らいつく。 ずぷ、と鋭い牙が肉を食い破る感触。痛いと思う前に、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。 視界に閃光が弾けるほどの強烈な痛み。 視界が、歪む。 足ががくがくと震え、身体を支えきれずにその場に倒れこむ。 レンがマウナ・ラウナに剣を突き刺した。体液が噴出さないよう、剣で貫いたまま強引にフィルから引き剥がして振り払う。 転がった魔物は大きく痙攣して、今度こそその動きを止めた。 「フィル!」 「触らないで! 普通の傷じゃない……!」 駆け寄ってきて傷の様子を見ようとしたフレイに一喝すると、力の入らない指でグローブを何とか引きちぎる。既に傷口はどす黒く変色していた。 「な……によこれ……!」 驚愕に呻き声を上げる。皮膚のどす黒く染まった部分が、見る間に白い肌をのたうつように侵食していく。普通の怪我や毒ではありえない。 侵食につれ激しい痛みが全身を襲い、熱い塊が喉の奥を駆け上がってきて―― 「っ……っげほ……」 苦しさに咽返ると、紅い鮮血が口元から溢れた。血のかかった部分が焼けるように熱い。なのに身体は酷く寒い。 今までに一度も感じたことのない感覚。これが死というものか。 とうとう意識を保てなくなり、フィルの身体がぐらりと傾いだ。 「っ……おい……!」 その身体が地面に沈み込む前に背を支えると、レンは剣を地面に置き、フィルの身体を両腕で抱え上げた。 「剣を……」 「待って、医者じゃダメだ」 「何……?」 「最後の攻撃、フィルはあれであいつに、呪われたんだ。あいつに、風の魔法で攻撃したから……」 「……なら、どうすればいい?」 「…………オレがやる。 上手くいかないかもしれないけど……でも、何もやらないよりはマシだよ」 フレイの瞳に強い意志を見たのか、レンは小さく頷いた。 出来るだけ衝撃がないよう、フィルの身体をゆっくりとその場に横たえた。 「頼む」 「うん。 ……ちょっと剣、借りるね」 フレイはレンの剣を、横たわるフィルの身体に平行に置いた。そして目を閉じ、フィルの前に手を翳す。 暗い坑道の中に、白く眩い光が満ちた。 |